こんばんは
当惑させられっぱなしの天候のまま梅雨に入るみたいですがお元気ですか?不順さのせいで体調を崩されませんように。
さて今日は私としてはまたしても珍しくお勉強の日となりました。
あまりものを知らないで平然と生きていると、時としてこのような機会が降ってくるものです。
その機会とは、上智大学&同ソフィア会主催,同英語学科同窓会(SELDAA)協力による大使講演会世界は今、異文化共生社会を
めざしてーー」第一回 Letters from Lithuania在日本国リトアニア共和国 クジス アルギルダス特命全権大使
H.E. Algirdas Kudzysでした。
講演会が始まる前に大使ご自身が作ったクイズが出題されました。5問で4択形式です。
- 国土の面積は 日本の_______?
- 人口は_____万人?
- 建国 _____年?
- 言語の起源は_____系?
- 南の隣接国は_____?
夫と相談しながら回答:
- 6分の1
- 350万人
- 1000年
- インド・ヨーロッパ系
- ポーランド
出席者の回答を集め採点され、講演後、ごほうびがきました。全問正解が3名で、そのうちの2人が夫と私でした。
大使からじかに2004年6月19日発行の杉原千畝特別記念切手の貼ってあり、左下には現在は杉原記念館となったかつての
日本領事館の写真が印刷された封筒をいただきました。
当時臨時に置かれたカウナスの領事館で杉原氏はユダヤ人2000家族にビザを発行し続けましたが、そこの門が写っています。
皆さんの記憶にも新しいあの失意の目をしたポーランドからのユダヤ人たちが鈴なりになっていたあの門です。
講演は全て日本語でした。アルギルダス氏は異色ともいえる経歴の方で、北海道大学に留学し工学部で耐震建築を研究、博士号を
修得されました。卒業後、首都のヴィリニュス大学で助教授となり、その後市長などの要職を経て、駐日大使として赴任されました。
彼の流暢な日本語のせいもありますが、リトアニアはヨーロッパの中では日本にとって遠いけど近い国という印象を受けました。
おそらく、戦時中の軍部の反対を押し切って大勢のユダヤ人を助けた杉原氏が二つの国に大きな橋をかけたような気がします。
NHKでも数度ドキュメンタリー番組を放送しましたから、日本中にリトアニアの名前は浸透しています。また高校生の英語の教科書
にも登場しています。私が高校に在職中には高校生たちとワシントンD.C.のホロコースト・ミュージアムを訪問し、ここでも
杉原千畝氏に触れました。生徒たちへの影響は非常に大きく、杉原氏の人道的な姿勢をテーマにしたエッセイを何人もの生徒が
書き、コンテストに応募しました。
今回お話をうかがい、多々発見がありますが、その中のいくつかをご紹介します。リトアニアは小国とはいえ、周りの大国に時折
ほんろうされながらも独自性を保ち、発展を続けたのはなぜかといえば、一つには美人を多く輩出し、各国の国家元首や王侯貴族に
血縁関係を結ぶことによって、政治的な均衡関係と自国の安全保障を維持できたということです。美貌は力なりです。
独自性を保ち続けたもう一つの点はインド・ヨーロッパ語族に属するリトアニア語を、サンスクリットに最も近い形で維持し続けて
いることにあります。 サンスクリット語は仏教とともに中国を経由して梵語のかたちで日本に入りましたが、大使は日本に伝わる
サンスクリット語の50%を理解できるそうです。
サンスクリットがバルト海に伝わったのがもしお釈迦様のBC500年以後だったら、どうだっただろうかと帰りの電車で夫と話し
ました。今頃リトアニアにも五重塔が建ち、読経の声が聞こえていただろうと想像しながら。宗教的な分野では、リトアニアは
80%ローマ・カトリックであることを初めて知りました。 教会の数はローマより多く、特に首都ヴィリニュスには荘厳な教会が
軒を連ねます。かつてロシアに侵攻する途中、ナポレオンがリトアニアに数日滞在したおり、聖アンナ教会の美しさに打たれ、
ロシアからの凱旋の際はその教会を手に載せて持ち帰ると豪語していましたが幸なことに、ナポレオンは敗北し撤退。
聖アンナ教会はパリに連れて行かれることなく無事でした。
大使はパワーポイントを使って国内の自然を紹介してくれましたがまさに癒しの空間がひろがります。4000もの湖、700にも
登る河川、国土の30%が森という名実ともに森と湖のおとぎの国です。一番高い山でも350メートルくらい。夏には
ヨーロッパ中から湖ー川の旅を楽しむ人々が押し寄せます。
旧首都のトカライは落ち着いたたたずまいでトカライ城のフェスティバルが有名。 音楽とダンスで盛り上がります。
カウナスは杉原記念館があり、日本語語学センターにもなっています。そこには日本を象徴する桜の木と、リトアニアを象徴する
樫の木が植えられ、両国の硬い絆を物語っています。
バルト海に面したクライペダは工業都市、貿易港として年々発展しています。2004年EUに加入以来、リトアニアが共産圏か
らの出発にもかかわらずヨーロッパ随一の経済発展を遂げているのをこの町の様子から推察することができます。
国技のバスケットボールはMBAその他の有名チームにたくさんの選手を送り出しています。毎年日本のJBAの試合にはリトアニアから
琥珀杯が贈られています。今年はWBA(世界バスケ)が8月に日本で行われることになっているのでリトアニアのチームが勝利を
収めると大使は予言しています。
本当に遠くても近い国であるとますます実感した講演会でした。「次の海外旅行は絶対にリトアニアだね」帰りの電車での結論です。
ではおやすみなさい。
長谷川真弓(S38外英)さんのブログより http://ameblo.jp/mayumijolly/